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東京地方裁判所 平成9年(ワ)2063号 判決 1998年5月12日

主文

一  被告丁原竹子は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ平成八年一二月二二日から明渡済みに至るまで一か月金八万三六〇五円の割合による金員を支払え。

二  被告戊田松夫は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文と同旨

(主文第一項の予備的請求 被告丁原竹子は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ平成九年七月一日から明渡済みに至るまで一か月金八万三六〇五円の割合による金員を支払え。)

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」又は単に「五〇六号室」という。)の賃借人である被告丁原竹子(以下「被告丁原」という。)及びその同居人である被告戊田松夫(以下「被告戊田」という。)が、両隣りの部屋の住人らに対して音がうるさいなどと執拗に抗議を重ね隣室との間の壁を叩くなど、共同生活の秩序を乱し近隣の迷惑となる行為をしたことを理由に、賃貸借契約を解除したとして、賃貸人である原告らが、被告らに対し、本件建物の明渡しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1 原告らは、被告丁原に対し、平成七年七月一日までに、原告らの共有にかかる本件建物を次の約定で賃貸して引き渡した。なお、被告戊田は、被告丁原の同居人として本件建物に居住している。

賃貸期間 平成七年七月一日から平成九年六月三〇日まで二年間

賃料 一か月 八万円

共益費 一か月 三六〇五円

特約 (1) 賃借人は騒音をたてたり風紀を乱すなど近隣の迷惑となる一切の行為をしてはならない。

(2) 賃借人が賃貸借契約の条項に違反したとき、あるいは、賃借人またはその同居人の行為が建物内の共同生活の秩序を乱すものと認められたときは、賃貸人は、何らの催告を要せずして、賃貸借契約を解除することができる。

2 原告らは、被告丁原に対し、平成八年一二月二一日到達の内容証明郵便により、被告らが前記の特約(1)に違反し特約(2)に該当する行為を行ったとして、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をするとともに、予備的に、平成九年六月三〇日の期間満了をもって賃貸借契約を終了させ以後更新しない旨の更新拒絶の意思表示をした。

二  争点

1 被告らが、両隣りの部屋の住人や管理人に対し騒音がうるさいなどと執拗に抗議を重ね、隣室との間の壁を叩いて騒音を出すなど、共同生活の秩序を乱し近隣の迷惑となる行為を行ったか。

2 被告らの右行為が賃貸借における信頼関係を破壊する行為といえるか。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》を総合すると、次の各事実が認められる。

1(一)被告ら(被告丁原は昭和三一年五月四日生、被告戊田は平成七年七月当時五四歳)は、平成七年七月一日ころまでに、不動産仲介業者甲田商事株式会社の担当者丙山竹夫の仲介により、本件賃貸借契約を締結し、同月上旬ころ、本件建物である鉄筋コンクリート造五階建事務所共同住宅(一階は事務所四室、二ないし五階は各階九室の共同住宅、通称丙山マンション)の五〇六号室(和室六畳、洋室四畳半、台所、風呂、トイレ付)に入居したが、入居直後ころから、隣りの五〇五号室の住人である戊原春夫に対し、同室から発生する音がうるさいなどと文句を言うようになり、同人に対し、その後平成八年五月ころまで五〇五号室の音がうるさいとして、何回も、執拗に抗議を続け、夜中に、五〇六号室と五〇五号室の間の壁を叩くなどの騒音を出したりした。また、被告戊田は、廊下を通る際に、五〇五号室の入口の扉を強く足で蹴飛ばしたりしたことがあった。

そして、被告らは、平成七年九月ころ、丙山マンションの管理人である丁川梅夫に対し、両隣りの部屋の音がうるさい、おもに五〇五号室が夜うるさくて仕方がない、何とかしてくれ、などと苦情を申し立て、その後も数回にわたり、五〇五号室の音がうるさいので静かにさせろなどと文句を言った。また、被告らは、丁川に対し、同年一二月二七日、五〇五号室の壁際で出される生活の音以外のトントン、カタカタ、ドーン、ゴシゴシなどという音が直接五〇六号室に聞こえ、うるさくて夜も眠れない、管理人から注意するようお願いするとの趣旨の内容の書面を提出した。さらに、被告らは、仲介業者の担当者乙野に対しても、平成八年一月ころ、隣りの五〇五号室の住人が夜中にコツコツ壁を叩いたりしてうるさいので何とかしろなどと要求し、その後も何回か同様の文句を言ったりした。

(二) 戊原春夫(昭和四四年三月一七日生)は、平成四年ころ、新婚の妻と共に五〇五号室に入居し、平成五年六月長男を儲け、夫婦共働き(昼間勤務)をして、通常の家庭生活を営み、両隣りの部屋の住人とも何らの紛争もなく平穏な借室生活を送っていたが、平成七年七月ころより、被告らから、五〇五号室の音がうるさいなどと苦情を言われるようになり、その後、何回も、執拗に音がうるさいなどと強く抗議された。

しかし、戊原は、被告らの五〇六号室入居以降、特別にこれ以前と違った騒音を出したりしたことがなく、従前どおり、保育園へ通う長男を夜九時すぎに寝かせ、朝、家族全員が起きて出掛けるという生活を送っていただけであり、夜中に騒音を発したことは全くなかった。

また、管理人の丁川は、平成七年九月ころ、被告らから苦情申立てを受けて、早速、夜八時、一〇時、二時に分けて一晩に三回位、五〇五号室前の廊下へ赴き、騒音の有無を確かめたが、全く何の音もしなかった。さらに、丁川は、同年一〇月ころ、仲介業者の担当者乙野と一緒に、夜、五〇五号室前へ出向いて様子を窺ったが、騒音は一切聞こえなかった。

(五) 戊原は、被告らから、再三にわたり、執拗に、五〇五号室の音がうるさいなどと抗議を受け、また、夜に、五〇六号室の壁を叩くなどの嫌がらせを受けたため、被告らと強く対立するようになり、ついに、平成八年五月ころ、私の小さい子供に何かあっても困るので私の方が出ますとの言葉を丁川に残して、五〇五号室から退去し他へ移転した。五〇五号室は、以後空室のままの状態である。

2(一) 被告らは、平成七年七月の入居直後ころから、隣りの五〇七号室の住人である甲川梅子に対しても、同室からの音がうるさいなどと抗議するようになり、同人に対し、その後も、音がうるさいなどとして、大声で怒鳴ったり、夜中に壁を叩いたりした。

(二) 甲川梅子(昭和三六年一〇月一三日生)は、公務員として働く独身女性であり、平成二、三年ころから五〇七号室に入居し、隣室の住人と紛争を起こすこともなく、平穏に生活していた。甲川は、被告らが隣の五〇六号室に入居した後も、従前どおりの生活を続け、異常な騒音を発生させたりしたことがなかったが、被告らから、音がうるさいなどとして、何回も怒鳴られたり、夜中に壁を叩かれたりしたため、次第に恐怖感を募らせ、平成七年一一月ころ、管理人丁川に対し、隣り(五〇六号室)がぶっそうなので出ますと言って、五〇七号室から退去し他へ移転した。

(三) その後、平成八年一月ころ、不動産業者乙原商事の担当者丙原冬夫の仲介により、丙田夏夫夫妻が五〇七号室に入居したところ、被告らは、同年二月初めころの夜一一時ころ、突然、丙田方ヘ押し掛け、玄関へ入り込んで、五〇七号室の音がうるさいなどと大声で怒鳴った。そして、被告らは、その後、何回も、丙田に対し、音がうるさいなどと文句を言った。

(四) 丙田夏夫(昭和四三年一〇月二一日生)は、会社員であり、妻と共に五〇七号室に入居したが、その直後に被告らから強い抗議を受けて驚き、管理人の丁川に対し、引っ越してきたばかりでありなにもうるさいような音を出していないのに突然怒鳴り込まれて困っているので善処して欲しいと苦情を訴えた。その後、丙田は、被告らから、何回も音がうるさいなどと文句を言われ、夜中に異常な音を出して嫌がらせをされたりしたため、仲介人の丙原にも苦情を述べて善処を求め、丙原や丁川の計らいで、平成八年一〇月ころ、同じ丙山マンションの四階の四〇二号室へ移転した。以後、五〇七号室は空室のままの状態である。

3(一) さらに、被告らは、原告らに対し、本訴提起後の平成九年一〇月ころ、本件訴訟代理人弁護士林浩二作成名義の書面により、五〇六号室の階下(四階)の斜め下にあたる四〇五号室の住人が日中及び夜間に下から天井を突いて音をたてるなどの迷惑行為を以前から繰り返しているので善処を願いたいとの申入れをした。

(二) しかし、四〇五号室の住人は、丁野工業有限会社の代表者戊山秋夫ひとりであり、戊山は、日中、同室において化学機器の設計事務を行い、夜間、埼玉県熊谷市内の自宅へ帰って寝泊まりしているため、夜間に四〇五号室から音が発生することは全くない。また、建物の構造上、四〇五号室の天井と五〇六号室の床下は相当に離れており、四〇五号室の天井を突いて五〇六号室に音を発生させることは難しい。

4 被告らは、昭和六一年八月から五〇六号室に入居する直前の平成七年七月まで、甲山春子から、東京都北区《番地略》所在の木造二階建共同住宅であるコーポ乙川荘の一〇二号室(六畳一間、ダイニングキッチン、風呂、トイレ付)を賃借し、これに居住していたが、平成四年一二月ころ、賃貸人甲山春子は、被告らが、一階の隣室一〇一号室や二階の二〇一号室、二〇二号室の住人らに対し、足音、扉の開閉音、トイレの水音、風呂場の水音がうるさいなどと、ことごとく文句を言い、自室の天井を下から突き上げたり、うるさいと怒鳴ったりするなどの嫌がらせを行い、ついに、それらの住人がいずれも居住に耐えられなくなって他所へ転居してしまうほどの迷惑行為を繰り返し行ったので、賃貸借契約を解除したとして、被告らに対し、右一〇二号室の明渡請求訴訟を提起した。そして、被告らは、右訴訟において、右一〇二号室を平成七年七月三一日限り明け渡す旨の訴訟上の和解を成立させ、これに従って右部屋を明渡し、本件建物(五〇六号室)へ転居した。

5 原告らは、被告らの居住する五〇六号室の両隣りである五〇五号室と五〇七号室が空室となった後、直ちに近くの不動産仲介業者に対し、右各室への入居者の募集を依頼したが、すでに、近隣の業者らの間に、被告らが二度も提訴された経緯や五〇六号室での言動等の噂が知れ渡っていたため、結局、入居者の斡旋を受けられず、現在に至るまで空室のままの状態となり、賃料相当額の損害を被り続けている。

二  右認定の事実関係によれば、被告らは、隣室から発生する騒音は社会生活上の受忍限度を超える程度のものではなかったのであるから、共同住宅における日常生活上、通常発生する騒音としてこれを受容すべきであったにもかかわらず、これら住人に対し、何回も、執拗に、音がうるさいなどと文句を言い、壁を叩いたり大声で怒鳴ったりするなどの嫌がらせ行為を続け、結局、これら住人をして、隣室からの退去を余儀なくさせるに至ったものであり、被告らの右各行為は、本件賃貸借契約の特約において、禁止事項とされている近隣の迷惑となる行為に該当し、また、解除事由とされている共同生活上の秩序を乱す行為に該当するものと認めることができる。

そして、被告らの右各行為によって、五〇六号室の両隣りの部屋が長期間にわたって空室状態となり、原告らが多額の損害を被っていることなど前記認定の事実関係によれば、被告らの右各行為は、本件賃貸借における信頼関係を破壊する行為に当たるというべきである。

なお、被告らは、両隣りから発生する騒音は、受忍限度を超えるほど大きいものであり、我慢を重ねた末についに耐え切れなくなってその住人らに抗議をしたものであるなどと主張し、《証拠略》の中には、これにそう部分があるが、これらは、いずれも前掲各証拠に照らして信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 市川頼明)

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